「カメルーン人男性、地裁、高裁とも勝訴。難民と認められるまで、何故14年もかかったのか?」

カメルーン人の男性が地裁、高裁とも難民と認められる素晴らしい判決が下された。5月2日、この件による記者会見があると聞いたので、私も行ってきた。日本へ来て難民と認められるまでの14年間、決して簡単な道のりではなかったことが垣間見えた。
織田朝日 2026.05.10
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記者会見の様子

記者会見の様子

「SCNCのメンバーとして活動し、カメルーン警察から逮捕、拘留及び拷問を受けたという被控訴人の供述の核心部分は、基本的に信用することができる。」

「文書について偽造された疑いがあることが、被控訴人の供述の信用性を揺るがすものとは言えない。」

「SCNCの末端構成員にすぎない被控訴人についてカメルーン政府当局から拷問を伴う身体拘束その他の人権の重大な侵害の危険があることを否定できない。」

カメルーン人男性と駒井知会弁護士2人による記者会見が行われた。男性は真剣な面持ちで英語で語り、それを駒井弁護士が通訳をしていく。

「裁判所は(難民の)証拠を見てくれたが、入管は見てくれなかった。私の話を信じなかった。インターネットを観ればカメルーンで何が起きているかわかるはずなのに、入管は難民を欲しくないという結論にたどり着いた・・・。」

男性の言葉は日本の入管による絶望そのものだ。どんなに真実を訴えても信じてもらえず、嘘つき扱いをされてしまう。それがいったいどれほどの苦しみだったろうか。

●カメルーンは内戦状態

カメルーンは第一次世界大戦後、イギリスとフランスの支配により、カメルーン人は英語圏とフランス語圏に分類されてしまった。80%と多数派であるフランス語圏のカメルーン人が実権を握り、英語圏の人々を差別や迫害している。2016年には英語圏のカメルーン人が800万人以上も立ち上がり、以来内戦が続いている状態にある。

●たまたまビザが出たのが日本だった。

男性はカメルーン英語圏で生まれ育ち、SCNC(英語圏カメルーンの自由及び自立・独立を求める政治組織。)に所属していた。

「大きな差別があり不正義と戦った。たくさんの迫害を受け治安部隊に4回身体拘束受けた。多くの人が拘束され怪我を負わされ、多くの人が死んだ。彼らは私たちの歴史を隠そうとしている。」

家族が男性の命が危ないと危惧し、海外に逃がそうとした。早く国を出なければ危ないと身内が大使館に駆け回ってくれた。他の大使館には拒否されたが、ビザが出たのが日本だった。本人からすれば逃げられるのならどこの国でもよく、選択の余地がなかった。

●入管は迫害を認めてくれない

2012年に来日。自分の命を優先して逃げたので、迫害の証拠となる証拠が持って来ることができなかった。日本に来てから難民申請をしたが、入管に証拠を求められた。家族に問い合わせて証拠になる書類を送ってもらえるか頼んだ。その時はすでに逮捕状が出ていて、治安部隊に家にある自分の持ち物は持っていかれてしまった。そういう状況の中で入管に出せる証拠を家族はなんとか手に入れてくれた。それでも入管には認めてもらえなかった。 他の友人たちはアメリカ、イギリス、カナダ、ナイジェリアなどに亡命したが、ほとんどが難民認定されている。彼らは男性のためにステートメントを送ってくれた。迫害を受けたとき男性も一緒だったと書いてくれた。それでも入管は認めてくれなかった。

「何で日本に来てしまったのだろうと思った。」

友人や家族は、男性を難民と認めない日本に信じられないと驚いていた。入管は、

「あなたは国に帰っても問題ない。」

と残酷な言葉を浴びせた。

●活動のリーダーだけが危ないわけではない

入管は、難民を、政府に抗議する活動のリーダーではなく、末端構成員なら危なくないと判断して認めないことが多いと駒井弁護士は述べる。それもおかしな話だが、駒井弁護士は、出身国情報を精査して、リーダーだけが危ないわけじゃない場合のあることを地裁・高裁が続けて認めた判断が、難民該当性判断のスタンダードになっていくべきだと語っていた。入管は、難民申請は2回あれば十分な正しい判断ができると言っているが、そんなことはない。2023年の入管法改正により、たくさんの犠牲者が出ている。多くの難民性の高い人たちが強制送還され、あるいは、強制送還が企図されてきた。駒井弁護士は入管が人の命や尊厳をズタズタにしないために、みんなで守っていかなければならない人がいると訴えた。

「最初の難民認定申請から14年以上もかかった。本来ならすぐ認めても良かった。ここまで時間をかけさせた入管には変わっていただきたい。判決書を繰り返し、繰り返し読んでいただき、国際難民法をきちんと習得してほしい。」

14年、途方もないこの長さ。彼の失われた時間は取り戻すことはできない。駒井弁護士の言葉は重い。

男性は、自分と同じように苦しんでいる人の助けになるためにアクティビストとして難民を助けたいと語る。そしていつかカメルーンに平和が戻れば、祖国に帰りカメルーン人たちのために尽くしたいと願う。 彼は定住5年の在留資格を得た。家族と共にこれから幸せな道を歩んでほしい。そして難民として認められる人が彼の裁判をきっかけに増えてほしいと心から願う。

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